「そぞろごと」 与謝野晶子

山の動く日来（きた）る

かく云えども人われを信ぜじ

山は姑（しばら）く眠りしのみ

その昔に於いて

山は皆火に燃えて動きしものを

されど，そは信ぜずともよし

人よ，ああ，唯（ただ）これを信ぜよ

すべて眠りし女（おなご）今ぞ目覚めて動くなる

 

与謝野晶子は「官能的肝っ玉姉さん」である「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君（みだれ髪）という短歌を作りました。まだまだ儒教全盛の明治30年代にこんな歌があったとは。晶子は，当時押し込められがちだった女性の感情を詠い，自我を解放させた｡その大胆奔放さは，恋の官能に向けられただけでなく「君死にたまふことなかれ」のように国家批判にまで至っている｡日露戦争出征中の弟の無事を祈念したこの戦争批判の歌は，晶子の驚くべき肝の据わりかたを示している｡当時「すめらみこ（天皇）は戦いに/おほみづからは出でまさぬ」と言い得た勇気には，感服してしまう｡官能と戦争批判はそれぞれ違う領域に属した事柄のようだが，どちらも生命をきっちり燃焼しきりたいという思いを根底に持っている｡晶子は，子どもを総勢11人産み育てた｡これにもたまげる｡そうした女の身体は，男には経験しようもない生命の感覚を経験したはずだ｡命のたいまつを次々に灯をともしていく炎のような身体。この「そぞろごと」は「元祖，女性は太陽であった」（平塚らいてう）で有名な「青鞜」（せいとう）創刊号の巻頭文だが，自分の生身のからだこそ太陽だと晶子は感じていたのではなかろうか。

 原始，女性は実に太陽であった｡真正の人であった｡今，女性は月である｡他によって生き，他の光によって輝く，病人のような青白い顔の月である｡ 与謝野晶子（1878～1942）歌人

 

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