｢夏は来ぬ｣ 佐々木 信綱

うの花の におう垣根に，時鳥（ほととぎす）

     早もきなきて，忍音（しのびね）もらす 夏は来ぬ

さみだれのそそぐ山田に，早乙女が

      裳裾（もすそ）ぬらして，玉苗ううる 夏は来ぬ

 橘のかおるのきばの窓近く

       蛍とびかい，おこたり諌（いさ）むる夏は来ぬ

楝（おうち）ちる川べの宿の門（かど)遠く，

       水鶏（くいな)声して，夕月すずしき 夏は来ぬ

皐月闇，蛍とびかい，水鶏（くいな）なき

       うの花さきて ，早苗うえわたす 夏は来ぬ

 

この詩をつくった佐々木信綱は，俵万智｢たわらまち｣の師匠に当たる佐々木幸綱（ゆきつな）の祖父で，歌人としてだけでなく｢万葉集｣研究者として名高い人物である。短歌としては｢ゆく秋の大和の国の薬師寺の塔の上なるひとひらの雲｣が知られている。卯の花はｳﾂｷﾞの花のことで，がく筒が鐘に形をした白い花だ。梅雨明けの田植えの時期を歌っている。卯の花や橘が香り，夏鳥のﾎﾄﾄｷﾞｽやクイナが鳴いて，蛍が飛び交い楝（おうち)｢栴檀（ｾﾝﾀﾞﾝ）の古名）の花が川辺に散る。水豊かな田植えの風景は，日本の初夏の季節感を凝縮している。一年中歌ったり聴いたりできる歌もいいが，夏の初めや秋の終わりだけの歌を持つことは大変な贅沢だ。田植えはぬるい水の中で柔らかな土を踏むと慣れてないせいか，足の裏がもぞもぞとくすぐったくなる。足の裏が刺激されると全身のｴﾈﾙｷﾞｰが動き出す。生命の盛りの季節である夏の到来を，足裏のむずむず感からも感ずることも出来る。

 

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