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千日の稽古を鍛(たん)とし,万日の稽古を。錬(れん)とす。
能々(よくよく)吟味有るべきもの也(なり)。
宮本武蔵の「五輪書」は,晩年の武蔵が剣の達人としての極意を記したものである。
極意とはいっても,たんなる抽象的な奥義(おうぎ)を述べたものではない。
構え方や視線の置きどころや相手の隙の突き方など,非常に具体的なアドバイスに満ちている。
その一つがひとつが「能々(よくよく)吟味有るべきもの也」「能々(よくよく)鍛錬すべし」といった言葉で締めくくられている。武蔵は,具体的な思考,吟味と鍛錬を経験的に蓄積してゆく。実に合理的,実際的な人物であった。
鍛錬という言葉はもともと金属を火や水を通して鍛え練り,刀剣に仕上げていくことを意味していた。
武蔵はこれを具体的な練習日数の単位として鍛と錬の二語に分けて意味付け直している。
千や万という単位の設定は適当な比喩ではなく技の習得にとって具体的な目安である。
スポーツでも芸事でも千日(約三年)の練習を経た動きは一生の技として身に付く。
百回の練習では起こらない質的な変化が千回の練習によっては起こるのである。
万日という十年単位の稽古が積み重なると,千日の稽古で得たものより格段に質的に高い技と認識を得ることが出来る。
量が蓄積すると質的な変化が起きる「量質転化」(南郷継正)を,武蔵はこの言葉で表現している。
ふつう,鍛錬という言葉は,もっと短期的で非合理的な他律的練習をイメージさせるが,武蔵の鍛錬の概念は,それとは対照的な,合理的・自立的練習である。
この言葉は,質的な変化が起こる前に反復練習を途絶えさせてしまいがちな私たちの気を、引き締め,希望を支えてくれるものだ。
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